通勤時間でさらりと読み切れる小説もいいけれど、たまにはじっくりと腰を据えて読書に耽りたい…。
そんな方におすすめなのが高村薫著「レディ・ジョーカー」。
1980年代に起きた「グリコ森永事件」を題材に、様々な社会問題を個性豊かな登場人物を通じて描いた、社会派小説の大作です。
以下、小説「レディ・ジョーカー」のあらすじや書評をまとめてみましたので興味がある方は続きをどうぞ。
「レディ・ジョーカー」のあらすじと構成
【あらすじ】
競馬場で知り合った5人の男たちが、1兆円企業である大手ビール会社の社長の誘拐を企てます。
薬局店主、警視庁刑事、トラック運転手、旋盤工、在日朝鮮人の信用金庫職員という異色な5人の犯人グループ。それぞれが社会に対する言いようのない不満を抱えていました。
「身代金は20億。人質は350万キロリットルのビール」
実行された前代未聞の企業テロ。事態が進むにつれ、総会屋への利益供与事件や同和問題なども浮上し、事件は思わぬ展開を見せていいきます。
犯人グループ、企業内部の人物たち、警察と検察、マスコミ、地下金融グループ。
それぞれが複雑に絡み合いながら物語は進み、結末に向うにつれて、大企業、社会の闇が次第に明らかになっていきます。
「レディ・ジョーカー」の面白さは、一筋縄ではいかない重厚なストーリー構成。あらすじからもわかる通り、複数の社会問題や経済事件が取り上げられ、その中で様々な立場の登場人物たちのエピソードが重層的に描かれていきます。
戦後の時代世相が読み取れる描写や登場キャラクターそれぞれの心情描写が厚く用意されており、筆量・ページ数はかなりのボリューム。上巻・中巻・下巻の3冊を合計すると1,512ページ(文庫の場合)。主な登場人物として32人が描かれます。
キャラクターが多いだけあって、一つの主観で物語が進むのではなく、複数の登場人物の視点が切り替わりながら、話が展開していきます。
それぞれの立場や心情、情景などが丁寧に整理されており、多様な切り口から物語を読むことが可能。そして、それらをつなぎ合わせて全体を俯瞰してみると、企業の闇や社会の重要問題が見えてくるという仕掛けになっています。
社会問題・経済犯罪などの高度なテーマ
photo by Uwe Schwarzbach
「レディ・ジョーカー」を読み進めていくと、社会問題・経済犯罪などの高度なテーマが複数登場します。
登場するテーマや用語は「耳にしたことはあるけれど、うまく説明できない」というようなものが多いのではないでしょうか。特に企業・経済犯罪にまつわる話は、会社で総務を担当している方や金融業界の方でもなければ、なかなかピンと来ないものもあるかもしれません。
登場する主なテーマは下記の通り。
同和問題
日本に存在する被差別部落の問題。歴史や社会科の授業で読んだことはあるけれど、実際のところどうなのか、ピンと来ない人も多いはずです。「レディ・ジョーカー」では物語の重要なカギとしてこの問題が取り上げられます。
企業テロ
金銭などを目的とした、企業に対する脅迫や商品などを狙ったテロ行為のこと。物語の中心的事件として起こり、被害を受けた企業に群がるマスコミや、混乱につけ込もうとする裏社会組織、事態の収拾に奔走する警察組織など、周辺の様々な人物たちが描かれます。
総会屋への利益供与の問題
総会屋とは企業の株主としての権利を濫用し、企業から不正に利益を得ようとする人たちのこと。物語では、大企業が持つ影の部分につけ込んで暗躍する総会屋組織と企業との対峙が描かれます。
株屋(仕手筋)による株価操作
仕手筋とは人為的に操作した相場で短期売買を行い利益を得ようとする人たちのこと。物語では、これにまつわるエピソードが社会の影の部分として描かれ、一つの重要な側面を成しています。
わからない用語を検索し、調べながら丁寧に読み進めていくことで、物語はどんどん面白くなり、様々な知識も身につけることができます。
物語の題材となったグリコ森永事件
数多くのレビューに書かれている通り、この小説は1984年と85年に起こったグリコ森永事件を題材としています。
【グリコ森永事件(1984年、1985年)】
グリコ・森永事件(グリコ・もりながじけん)は、1984年(昭和59年)と1985年(昭和60年)に、阪神を舞台として食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件である。警察庁広域重要指定114号事件。犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから、かい人21面相事件などとも呼ぶ。 2000年(平成12年)2月13日に愛知青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪が時効を迎え、全ての事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件では、初の未解決事件となった。(Wikipedia)
グリコ森永事件は昭和の歴史に残る未解決事件ですが、未解決ということもあり、今日まで犯人像や犯行動機など、事件にまつわる様々な憶測が飛び交いました。
「レディ・ジョーカー」の物語に登場するエピソードは、ほとんどがこれらの様々な憶測・仮説を下敷きにしており、エピソードを集めると一貫性のある一つのフィクションが成立するように設計されています。
「レディ・ジョーカー」のストーリーの中心となる大手ビール会社の社長の誘拐事件が、一連のグリコ森永事件の中で実際に起こった誘拐事件を下敷きにしたものであったり、当時の犯人像・犯行動機の有力説であった株価操作説や被差別部落関係者の関与説が、作中の重要なテーマとして登場するなど、実際の事件全貌をモチーフとした、リアリティの高いストーリーとなっています。
複数の登場人物の視点が切り替わる重厚な展開
photo by Magdalena Roeseler
前述の通り、作中では様々な登場人物のエピソードが重層的に展開されます。
- 犯人グループ
- 大企業の社長とその周辺
- 警察と検察
- マスコミ
- 地下金融グループ
特に、組織や集団、物事の裏側が描かれたエピソードが多く、例えば、総会屋と対峙する大企業の影の部分や、警察と検察の摩擦、マスコミの加熱報道の裏側など、社会の見えない部分が語られます。
頭脳戦、心理戦、駆け引きなど、それぞれが繰り広げる対決には焦燥感や胸に迫る展開も多く、物語を面白くしています。
登場人物が多い小説ですが、曖昧な描写は少なく、それぞれのエピソードがきちんと整理されているので、じっくりと読み進めれば難なくストーリーを理解できると思います。
おわりに
色々と書きましたが、とにかく色々な要素が詰まっている小説なので、題材の意味を理解しながら読み進めていけば、どんどん話は面白くなっていきますし、知識も十分身に付くと思います。
時間はかかりますが、わからない用語などを検索しながらじっくり読む、というのがおすすめです。