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E.M.ポーターの競争戦略論によると、企業が既存の経営戦略を転換することは容易ではなく、一度舵を切った戦略を方向転換する際には「移動障壁」が障害となるといわれています。
今回はこの「移動障壁」とそれに関連する「戦略グループ」の考え方について、わかりやすく解説します。
移動障壁とは
まず「移動障壁」という用語の意味は下記の通り。
移動障壁
企業が戦略上のあるグループから別のグループへ移動するのを困難にする要因のこと。
少し噛み砕いていうと「企業が戦略を変えることを難しくする要因」のことです。
企業の戦略やブランドイメージは、自社の従業員はもちろん取引先や消費者の間に、当人が意識するしないに関わらず浸透しているもの。
また、企業はその戦略に応じて最適な投資やコストの支払いを行い、製品やサービスをあらゆる面で構築しています。
ですから、企業が戦略を転換する(移動する)のは容易なことではなく、企業は一度取り組んだ戦略をそう簡単には変えられない。
移動障壁とは、企業が既存の戦略の転換を行う際にそれを困難にする様々な要因のことを言います。
では、その戦略の対象にはどんなものがあるのか、E.M.ポーターの競争戦略論における分類を次でご紹介します。
競争戦略のディメンション
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ディメンション(dimention)とは英語で「面積、寸法」という意味。ここではそれぞれの戦略の対象を指しています。経済学者のE.M.ポーターはそれを次のように3つに分類しています。
製品のディメンション
製品のディメンションとは製品の性質の違いのこと。
当然のことながら、企業によって取り扱う製品やサービスは違いますし、それに必要な技術、品質、専門性などは異なります。
企業はそれぞれの戦略に合わせた製品やサービスを生み出していることから、「製品の違い=戦略の違い」ということになります。
価格のディメンション
価格のディメンションとはそれぞれの「価格政策」の違いのことです。
例えば、一切値引きをせずにブランド価値の維持を図る企業もあれば、積極的に値引きを行い、数を売って収益を確保しようとする企業もあります。
また、そのような価格政策の背景には、製品を生み出し流通させるための適正なコスト管理があります。
いかに格安な商品でも作ったら作った分だけ赤字、売ったら売った分だけ赤字では意味がありませんし、いかに革新的な商品でも製造コストをかけすぎれば消費者に受け入れられない価格設定になってしまいます。
この価格政策、コスト管理の方針は企業にとっての重要な戦略となります。
流通経路のディメンション
これは企業が選択する流通業者の違いのことです。
自社の製品の製造から出荷・販売までの流通経路をどのように設計するかということに加え、「どこで製品を売るか」というのも流通経路の一つとなります。
例えば、高級バッグなら百貨店では売れるかもしれませんが、コンビニでは売れないでしょう。逆に高級ホテルのラウンジで100円おにぎりを販売しても盛況になるとは考えにくいでしょう。このようにどんな販売業者を選ぶかということも重要な戦略の一つです。
販売促進のディメンション
これは広告宣伝をどのように行うかです。
例えば、製品のスタイリッシュなデザインをアピールしたいという企業はオシャレで洗練された広告を作ると思いますし、特売セールをアピールしたければ、賑やかなイメージの広告を作ると思います。
広告を受ける側はその広告のクリエイティブが持つイメージをそのままその企業のイメージとして持つことが多く、これらの広告宣伝は製品や企業のブランドイメージを作る上で中核的な戦略となります。
各ディメンション内での戦略転換は困難が多い
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E.M.ポーターの競争戦略論によると、前述の戦略ディメンションの中で戦略を変更し、「戦略転換」行うことはとても難しいことになるといわれています。
例えば、今まで安いものを大量生産して販売していた企業が、急に高級品路線に転換しようとしても、
- 生産体制を再構築する必要がある
- 新たな仕入れルートを開拓する必要がある
- 新たな販売業者にアプローチする必要がある
- 多大な広告費を投じて消費者のイメージを転換する必要がある
など、とても困難が多いことがわかります。
一度選択した戦略を変更するには、生産・流通の再構築が必要であったり、消費者のイメージを変える必要があったりと、それを実現するために大きな時間とコストがかかってしまいます。
企業が戦略転換を考える上では、それぞれの戦略ディメンションにおいて転換を困難にする要素が数多くあり、その要素こそが「移動障壁」と呼ばれているものなのです。
戦略グループと移動障壁
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次に企業の経営戦略について、E.M.ポーターが行ったもう一つの分類、「戦略グループ」を取り上げたいと思います。
戦略グループ
戦略ディメンションにおけるそれぞれの戦略が同一、あるいは類似した企業のグループ。
これはつまり、先ほど挙げた戦略ディメンションで同じ戦略をとる企業(要するに、似たような戦略をとっている企業)をグループ化した考え方のことです。
例えば「製品」「価格」というディメンションで戦略を同じくするグループを分けると次のようになります。
グループ①
テクノロジーは自社開発。安売りはしない。
グループ②
テクノロジーは自社開発。安売りで数を売りたい。
グループ③
テクノロジーは外部開発。安売りで数を売りたい。
E.M.ポーターの研究では、先に述べた各ディメンションでの戦略転換が難しいのと同様に、上記のようなグループにおいても、簡単には別のグループに移動できないとしています。
理由は先ほど説明した通りで、製品にまつわるコスト、流通経路、広告などにより作り上げられた製品および企業イメージを変えようとすると、それ相応の時間とコストがかかってしまうからです。
このように、企業の戦略をそれぞれ戦略ごとにグループ化してみても、各グループの間には「移動障壁」が存在し、容易に戦略シフトができないのです。
おわりに
企業が既存の経営戦略の転換を考える際にぶつかる「移動障壁」。
E.M.ポーターの戦略ディメンションや戦略グループといった分類を用いれば、この「移動障壁」がどのようなものかより明確化します。
事業計画やマーケティング戦略などを考える際には、自社にとって困難な戦略に舵を切っていないか、この「移動障壁」という観点から考えててみると良いと思います。