photo by Niels Linneberg
前回に引き続き、アメリカの経済学者、E.M.ポーターの競争戦略論について。
前回の記事で取り上げた「5フォース分析」に関連して、今回は「参入障壁」を取り上げたいと思います。
「参入障壁」という言葉自体は耳にしたことがあると思いますが、実際にこれを分析してみると企業間の色々な競争要因が見えてきます。
E.M.ポーターが知らない人にもわかるように、できるだけわかりやすく分析してみたいと思います。
参入障壁とは何か?
photo by Roger Wollstadt
例えばあなたの会社がある業界に新たに参入しようとする場合、当然ながら既に業界で事業を営んでいる企業には優位性があります。
既存業者は今まで事業を育てる過程でそれなりのコストを支払い、ノウハウを培ってきましたが、新規に参入してくる企業は一から始めなければならないのが通常です。
逆の立場で言うと、既存業者にとっては、この既に支払ってきたコストや投資、蓄積してきたノウハウ、業界で築いてきた地位やブランドなどそのものが、あなたの会社のような新規参入企業に対するアドバンテージとなり、脅威から身を守る防護壁になります。
「参入障壁」とは、この新規参入する企業にとって障壁となる、既存業者の様々なアドバンテージのことを言います。
「参入障壁」とは
業界における既存業者のアドバンテージ。
既存業者が既に支払ってきたコストや投資、蓄積してきたノウハウ、業界で築いてきた地位やブランドなど。
このようなアドバンテージがあることで、既存業者は新規参入業者に対して優位性を保つことができ、新規参入業者が迂闊に参入できない状況を作られているのです。
特定の市場で参入障壁の構築することは、企業にとって「新規参入企業の脅威」から身を守る「競争回避の戦略」としてとても重要なものとなります。
参入障壁の分析
photo by Daniel Gasienica
ここからは参入障壁について、少し細かく掘り下げていこうと思います。
経済学者のE.M.ポーターは自説の競争戦略論の中で、この「参入障壁」を7つの要素に分類しました。
以下、それぞれがどんなものなのかについてご紹介していきます。
【1】規模の経済性
規模の経済性とは、事業の規模が大きくなるにつれてかかる平均費用(製品1つあたりの生産コスト)小さくなっていく現象のことです。
例えば、とある工場で1日あたり1,000個の製品を作っているとします。
それを来月から2,000個作ろうとした場合、
「工場をもう一つ作ろう!」
「同じ数の製造機械と同じ人数の人員と同じだけの原材料が必要だ!」
…となるかというとそうとは限りません。
工場の、今1,000個を作っている生産ラインの隣にもう一つ製造機械を入れて新たに生産ラインを作り、今いる労働人員をそれぞれのラインに振り分けつつ、少しだけ人員を増やせば生産は成り立つかもしれません。
現場監督も増やさなくていいでしょうし、原材料だって、まとめて仕入れれば少し安く仕入れられるかもしれません。
このように、生産量を倍にしようとしたときに、それに対するコストも単純に倍にはならないことがあります。
少し大げさな例でしたが、このような現象を規模の経済性が働いているといいます。
一方、逆の見方をすると、
事業の規模が大きくなる⇒製品1つあたりの生産コストが小さくなる
と捉えることもできます。
規模の経済性の別の呼び方はスケールメリットです。こっちの方がわかりやすいかもしれません。
規模の経済性
事業の規模が大きくなるほど、製品・サービスの1単位あたりのコストが小さくなり、競争上有利になるという効果。スケールメリット。
参入障壁について話を戻すと、このような規模の経済性が働く業界、つまり大きな規模で事業を行った方が有利な業界では、新規参入してくる企業には非常に不利になります。
なぜかというと、既存業者と同じくらいの大きな規模で事業をやらなければ、既存業者と同水準のコストで同品質の製品を作ることが困難だからです。
つまり、規模の経済性(=スケールメリット)は既存業者にとって、新規参入企業に対する参入障壁となるのです。
【2】製品差別化
2つ目は製品の差別化、つまり既存企業がプロモーション活動などにより製品のブランドをしっかりと高めておけば、新規参入企業はなかなか参入しづらいということです。
製品のブランドを作るためには、製品の魅力や機能、品質、デザインやアフターサービスの充実などを顧客にアピールしなければなりません。
これが無料でアピールできればいいんですが、やろうとすると、当然のことながら広告宣伝費がかかります。
これから新たな市場に製品・サービスを投入しようとする場合、競合となる既存企業はこれまでに広告費用を使いながら、少しずつ顧客に製品や自社ブランドをアピールしてきたはずなので、通常はそれを上回る広告宣伝費を使う必要があります。
つまり、既存企業が確固たるブランドロイヤルティを築いている場合、それそのものが参入障壁となりうるのです。
【3】巨額の投資
もし新規に参入しようとしている業界が、研究開発や設備投資などの巨額の投資が必要な場合にはそのこと自体が参入障壁になります。
巨額の投資は維持管理費負担や長期借入金の返済・金利負担など、事業の運転資金を圧迫する要因になり、大きなリスクが伴います。
もしOEMなどの取り組みができる事業パートナーがいれば投資は抑えられるかもしれませんが、その場合はOEM手数料など別のコストがかかることがあり、収益性が低くなりがちです。
このあと出てきますが、巨額の投資が必要な独自の研究開発などは、既存企業が既に特許などを取得しているケースも多く既存業者にとっては大きなアドバンテージ(参入障壁)となります。
【4】流通チャネル
既存企業が確固たる流通チャネルを持っている場合、その存在が参入障壁になることもあります。
すでに既存企業の製品が流通している市場に割って入るには、取引先の開拓やプロモーションなど、営業コストや販促コストが必要となるからです。その過程では、取引先に自社製品の優位性を伝えていく必要があり、時間と労力がかかってしまいます。
また、物流や配送網などの供給体制も整えて置く必要があり、適正在庫の維持も課題となります。
このように、新規参入企業が一から流通チャネルを構築するには多大な労力を必要とし、既存企業が確固たるそれを持つ場合においては、その存在そのものが大きな参入障壁となります。
【5】独占的な製品技術
独占的な製品技術とは、主に特許のことです。
当然ながら既存企業が特許を取得している製品技術を応用しようとすると使用料がかかり、規模などとは無関係に生産コスト面で不利になってしまいます。
つまり、新規参入企業にとって、この独占的な製品技術の存在は参入障壁となります。
【6】経験曲線効果
経験曲線効果とは、ある課題に対する経験を長く積むにつれて、よりその課題を効率的にこなせるようになることをいいます。
製造の場面においては、累積の生産量が増えるにつれて作業が効率化し、生産コストが下がっていく現象を示す用語です。
これは簡単に言えば、「作業に慣れて効率が良くなった」ということであり、同類の製品を数多く生産し続けている方が生産効率が上がる、つまり製品一つあたりのコストが下がっていく傾向が見られます。
先ほどの「規模の経済性」が「規模が大きくなる⇒コストが下がる」というものであったのに対し、 経験曲線効果は「生産量が増える(生産に慣れる)⇒コストが下がる」という意味になります。
参入障壁に話を戻すと、当然ながら累積生産量が高い既存企業の方が経験曲線効果は大きく、有利となります。
経験曲線効果という視点で見れば、新たに生産を開始する新規参入企業に比べ、一定の累積生産量を持つ既存企業の方が有利であり、これも一つの参入障壁として考えられています。
【7】政府の政策
業界によっては、参入するには行政の許認可が必要となる場合があります。
例えば銀行業などは免許制ですので、一般企業が参入しようとしても、すぐさま実現できるものではありません。
銀行業を例えにするのは大げさですが、それでも世の中には病院事業や医療品製造事業など、事業を行うにあたって行政の認可が必要な事業は無数にあり、それぞれに資本金や有資格者数など様々な規定があります。
行政がそれぞれの事業免許に設ける一定の認可水準は、実質的に新規参入企業を妨げる働きをしていることから、これらも参入障壁になると考えられています。
おわりに
「新規参入企業の脅威」から既存企業が身を守る参入障壁について駆け足で説明してきましたが、結局のところ既存企業がこれまで積み上げてきたものそのものが参入障壁となるということです。
もし新規事業を考えているようなら、参入障壁という観点から事業を考えてみると良いと思います。